=書評=

ゴースト・ミュージシャン〜ソウル黄金時代、アメリカ南部の真実 鈴木啓志著(DU BOOKS 本体2800円)


1980年ごろに知り合ったソウル・レコードのコレクターYさんはローラ・リーやウィリー・ハイタワーのシングル盤をかけては「フリーマン・ブラウン!」と絶叫しのけぞっていた。アメリカにメールオーダーしたシングル盤がアタリだった時の雄たけびだ。同時期のフェイム録音にはロジャー・ホーキンスをドラマーとする組がバックを付けるものとフリーマン・ブラウンがドラマーの組とがあり、明らかに、後者の方がドラマティックでダイナミックなサウンドなのだが、かけて確かめるまではどちらがバックなのか分からないのだと力説していた。 
 もう30年以上前から日本のソウル・ファンたちの間ではフリーマン・ブラウンを中心とするフェイム・ギャングが南部ソウル音楽の中心にいるということが周知されていたわけだ。
 ところが1986年に米国人研究家ピーター・ギュラルニックが書き、2005年に邦訳が出た「スウィート・ソウル・ミュージック」でも、20911年に英国のACEが編集した3枚組CD"The Fame Studios Story"でも、ロジャー・ホーキンスやジミー・ジョンンソンなど白人ミュージシャンばかりが脚光を浴び、白人黒人混成のフェイム・ギャングの活躍があまりに無視されるか過小評価されており、さらにそのかわいそうな評価が欧米では定着しつつあることへの怒りが鈴木さんのこの著作の原点となっている。

 ナッシュヴィルのブルース・シーンを支えてきたジョニー・ジョーンズ・バンドが、ソウル誕生の時代とともにインペリアル・セヴンとしてスタジオやロードで活躍し、ホス・アレンによってTV番組"The!!!!Beat"のスタジオ・バンド「ビートボーイズ」として名を挙げ、マスル・ショールズでリック・ホールに重用されるようになる流れは、そのまま南部ソウル音楽の発展の歴史でありエキサイティングだ。本書は、鈴木さんならではのデータと考察と愛情に満ちた書物であり、久々に真摯に音楽と向き合う喜びを味わわせてもらった。

 ただ難点を挙げれば、アトランティック社のジェリー・ウェクスラーがフェイム・ギャングの存在を意図的に隠そうとした理由が、白人が演奏し、制作し、黒人歌手が歌うという「クロ歌う人、シロ支える人」という共同制作の理念にこだわったためとしている点だ。そのきっかけを白人黒人ミュージシャンが混じるスタックスでの白人ミュージシャンの活躍に触発されたというのも首をかしげる。ならスタックスと同様にミュージシャンも白黒混じっての共同作業であっても会社の理念とは齟齬がないはずだ。

 1983年に開業したボクのレコード店に30年間飾られたレコード・ジャケットがある。それはアトランティックが1969年に発売したボズ・スキャッグスのデビューLPの二つ折りジャケットの内側だ。そこにはロジャー・ホーキンス、ジミー・ジョンソン、デヴィッド・フッド、デュアン・オールマンらすべて白人のマスルショールズのミュージシャンが写真紹介されている。普通は有望なシンガー&ソングライターのデビューLPに、主人公の歌手を差し置いて、バックミュージシャンを2面全面にわたって紹介することなどあり得ないことだ。ぼくは、アトランティックがフェイム・ギャングを隠そうとした理由をここに見る。すなわち、当時ロックに力を入れ始めていたアトランティック社がロジャー・ホーキンスたちを新しいロックの形として南部から売り出すための戦略が結果的にフェイム・ギャングを隠すことへとつながったのではなかったのかと思っている。

 いずれにせよ、サザンソウルを鑑賞する耳は日本人の方が欧米人よりはるかに良いことが確認できるのはうれしい。幸い例示されている曲は今やCDやYou-tubeなどで簡単に接することができる。ひとつひとつ丹念に聞き返しながらもう一度読み直してみたいと強く思う。
 2013/9/24

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